男への死の贈り物
「どういう事だ」
 瀬人はやや眼を見開いて低い声で言った。
「どうもこうも。オレ様はこういった事が得意なのさ」
 ひょい、と窓の縁に置いた手を視点にして獏良が部屋へ飛び込んできた。獏良は何か入った袋を持っている。
「そういう事ではない。土足で歩き廻るな」
 瀬人は語気を荒めて言った。
「今更、だろ。…あんた、意外とはっきりものを言わねぇのな」
 獏良は言うとにやりと笑った。どかりと椅子に乱暴に腰掛ける。
「……綺麗なもんだ」
 獏良が部屋を見渡して言った。
「メイドに礼を言ったか? 腕が立つんだろう」
 椅子の背凭れに腕をかけて獏良が瀬人を見ると、瀬人は頬を赤らませた。
「……もう、過ぎた事だ」
 息を搾り出すようにして瀬人が言った。気づいたように、開いたままのカーテンを素早く閉める。部屋はほぼ真っ暗闇で、二人は暫く黙っていた。
「もう、一箇月くらい前になるか。…フフ」
 獏良が暗闇を揺らして笑った。ぎし、と椅子が軋む音が聴こえる。
「坐ったらどうだ?お前の部屋だ」
「…用がないのならば、帰れ」
 呟くように瀬人が言う。カーテンの端を握ったままだ。
「お前の部屋だ」
 解るだろう、というように獏良が繰り返した。
「……」
「カーテンが可哀想だぜ」
 獏良は、カーテンが引かれた時の音を聴き取っていた。擽ったそうに笑う。瀬人はカーテンから手を離してベッドに坐った。
「まだ早いし、明るいな」
 瀬人はこの部屋を充分暗いと評価していたが、獏良は夜目が利くようだった。それが、瀬人には心許なさを感じさせた。柄にもなく緊張してしまって、皮膚がぴりぴりする。何かに掴まっていたいが、生憎整然としたこの部屋に、手頃なものはなかった。代わりに瀬人は掌で拳を作る事にした。
「お疲れじゃねぇかい、社長さん」
 気がつくと、獏良は瀬人の傍に立っていた。いつの間に移動したのだろうか。思わぬ所から声が聴こえて瀬人は驚いて肩を震わせた。胸から腹にかけて、躰の内部にぞわりと疼きを感じた。動揺を気取られない事を願った。
「オレ様がマッサージしてやるよ。結構うまいんだぜ」
 獏良が瀬人の頸の付け根に手を廻すと、瀬人はそれを手で弾いた。
「触るな」
「おーおー、元気だね」
 獏良は掌を仰向けにしておどけて言った。
「煩い」
「まあ、まあ、本当にうまいんだぜ」
 騙されたと思って、と続けて、獏良は瀬人の躰を押し倒した。体が傾く際に咄嗟にベッドに腕をついた瀬人は、驚いて獏良の方を凝視した。
「…疑ってるねぇ」
 獏良は瀬人のベッドに突っ張っている方の手を握って引っ張り、瀬人を無理やり倒した。瀬人が躰を硬直させる。獏良はふっと笑って瀬人の指を優しく揉み始めた。
「マッサージってのは、凝りを解す事だからな」
 獏良はベッドにどかりと坐った。
「細長ぇ指だね」
 瀬人の指を一本ずつ広げながら揉む。暗い中窺えた検分するかのような獏良の眼は、真剣なものに感じられた。
「どうだ、気持ちいいか」
 獏良が優しく言うと、瀬人は何も言わずにそっぽを向いた。獏良はふふ、と笑う。機嫌が良いようだ。指の付け根の水掻きのような部分を親指と人差し指で挟み込んで揉む。
「さ、次はこっちだ」
 ベッドに横たわっている方の手を掴んで同じように揉み始めた。
「あったまってきたろ」
「……擽ったい」
 拗ねた子供のように、瀬人は小さく応えた。
「フフ」
 獏良が空気を震わせて笑った。瀬人は気を紛らわせるように、急に口を開いて言った。
「何故。夜に来る」
 かと言って、昼間の仕事中に来られても困るのだが。瀬人の頭は、枕から少し下にずれていた。シーツに頭を擦りつけてみると、何だか懐かしいような気がした。
「…何故?オレ様は夜の住人だからさ。だが、じきに世界はオレ様のものだ」
 獏良が笑う。
「フン」
 瀬人は鼻で笑って返した。少し間を置いて、獏良が瀬人の手を見つめながら言った。
「お前は、光の住人か? ―― いや、違うな…。お前こそ、夜の住人だ」
「…どういう意味だ」
 獏良の言葉に少し引っかかり、瀬人は耳に擽ったさを覚えた。獏良が瀬人をちらりと見たのを、瀬人は感じ取った。先程より暗闇に眼が慣れてきたようだ。
「解ってるんじゃねぇのか」
 獏良は瀬人の手を放ると、瀬人に馬乗りになった。瀬人は咽喉に何かものが詰まったような声を漏らした。瀬人は獏良を睨んだ。
「…き」
 言いかけた言葉を遮るようにして、屈んだ獏良は指を瀬人の口に差し入れた。指を動かすと、唾液でくちゅと音がする。人差し指と中指で舌を挟んで弄ぶ。
「あ…、ふ」
「どうしてやるかな……」
 獏良は腰を瀬人のそれに擦りつけた。じわりと股間に熱が集まっていくのが解る。瀬人の太腿が逃れようとして動いた。
「素直じゃないねぇ」
 咽喉を震わせて獏良は笑った。口腔に差し入れた指を舌を辿って咽喉許まで進める。瀬人は苦しさに眉を寄せた。眼球の上に涙が溢れる。
「苦しいか?」
 耐え難い嘔吐感に瀬人の腕が獏良の腕を掴む。それを確認して獏良は腕を引っ込めると、瀬人の腕を掴んで引き寄せた。勢いに瀬人の肩が獏良の肩にぶつかる。瀬人の呼吸の間隔は短くなっていた。ふ、ふ、と獏良の肩に息がかかる。獏良は暫く待ってやると、瀬人の耳許で言った。
「今夜は新しい遊びをしようか」
 一呼吸置いて獏良は瀬人の上から降りた。
 瀬人がぼんやりと獏良を見つめていると、獏良は訪ねてきた時に持っていた袋を引き寄せて中をまさぐっていた。
「何を」
「んー」
 獏良は閉じた口で気のない返事をした。袋の中は、幾つかのもので散乱しているらしい。獏良が腕を大きく動かした時、袋の縁から柔らかそうな生地が覗いた。
「おい」
 堪りかねて瀬人が声をかけた。
「何だよ」
 袋の中を掻き廻しながら獏良がぶっきら棒に返した。かちゃかちゃと袋の中でする音が、やけに大きく聴こえる。
「…まさか」
 瀬人はその音を反芻して獏良の方へ躰ごと向き直った。
「んー、フフフ」
 楽しそうに笑うと、獏良が音を立てて袋の中の物を掴み、一気に引っ張り出した。
「なっ! 貴様――
 獏良が取り出したものを認めて瀬人は改めて驚いた。獏良が手にしていたものは、ひらひらしたメイドのユニフォームと、口紅などの女性用の化粧品だった。
「察しがいいみてぇだな」
 にやりと笑って獏良が言う。
「今夜は、これだ。着ろ」
 獏良は瀬人の方へメイドのユニフォームを放った。ひらひらとしたスカートが、瀬人の膝にかかる。
「こんなものを着れると思うのか! よりによってメイドなど……」
 スカートの裾を抓んで瀬人が言った。プライドが傷ついたようで、瀬人は奥歯を噛み締めて腕は小刻みに震えている。
「そう騒ぐなよ。他の方が良かったか?」
 獏良は瀬人の様子を楽しそうに見ていた。腕を組んで顎が多少持ち上がっている。
「そういう問題ではない! 貴様はオレに女装させる気か!!」
 瀬人は素早く応じた。
「厭なのか?」
 鼻から息を吐いて獏良が問う。
「厭に決まっているわ!」
 獏良の言葉を遮るかのように瀬人が返した。
「じゃあオレ様が着せてやるよ」
 獏良は組んでいた腕を解いて瀬人に近づいた。
「…来るな。オレは断じて着ん」
 瀬人はベッドに掌をついて尻を後ろへ移動させた。獏良が手を伸ばすと、瀬人はそれを弾いた。獏良は己の手を弾いて横へ開いた瀬人の腕を捕まえて引き寄せた。
「クッ」
「あまり噛むと顎が疲れるぞ」
 獏良が笑って言った。空いた方の手で瀬人のシャツを掴む。瀬人も空いている方の手で獏良の肩の辺りのシャツを掴み、応戦した。獏良は笑いが込み上げてきて堪らないようだった。改めて、瀬人を掴んだ腕に思い切り力を込める。
「ク…」
 瀬人は眉を寄せた。獏良の躰も瀬人と同様に細かったが、どこに隠してあるのか、大きな力が出ていた。獏良のシャツを掴んだ瀬人の腕は獏良を引き離そうと苦心していたが、獏良が膝の上に乗り込んできてあまり効果がなかった。瀬人はシャツを掴んだ手を引き上げるようにして押した。獏良は右膝を瀬人の脚の間に割り込ませた。膝で瀬人の股間を擦り上げる。
「…は」
 瀬人が息を吐いた瞬間を狙って獏良は瀬人のシャツの襟を乱暴に引っ張った。ボタンが弾け跳ぶ。瀬人はその内の一つを、無意識に眼で追っていた。半透明のそれは、一瞬光ったようだった。獏良は続けて膝を瀬人の股間に擦りつける。
「何を…する」
 瀬人は獏良のシャツを掴んだ手をぎゅっと握り締めた。
「フフ」
 獏良は一気に瀬人のシャツを引っ張り下げて肩をあらわにした。獏良に掴まれた腕を開放させようと、瀬人は腕を動かしたが、獏良の力は抜けずに籠もったままだった。獏良は手を背に移動させ、シャツの肩に残った部分を引き下げた。薄い闇に、瀬人の白い肌はよく見て取れた。獏良は膝の動きを止めずに、瀬人の肩に噛みついた。
「!」
 びくりと瀬人の躰が震えた。鋭い痛みの後に、じわじわと鈍い痛みが広がる。
「いっ……」
 獏良は、噛みついて口腔に入ってきた瀬人の肉を舐めた。
「あ…」
 舌を伸ばして、少しずつ肌に舌を滑らせる。瀬人は背筋に快感が走るのを感じた。瀬人が呻く。獏良は力を抜いて口を頸へと移動させていく。肌を噛み、味わうように舌を滑らせる。瀬人が鼻にかかった声を出した。獏良は瀬人のシャツを脱がし、パンツのベルトを外しにかかった。
「あ…、ば、くら、やめ」
 獏良はもう一度強く噛んだ。
「ぁく」
 獏良は器用にバックルを外し、ベルトを引き抜いた。間を空けずにパンツのフックを外す。獏良のシャツを掴んでいた瀬人の指からは、既に力が抜けていた。ファスナを力任せに引き下ろし、獏良が言った。
「腰を浮かしな」
 獏良の唾液で濡れた部分に息が吹きかかり、瀬人は躰を震わせた。耳が擽ったかった。ゆるゆるとベッドに手をつくと、腰を浮かせる。肌にフィットしたパンツは、流石に脱がし難かった。獏良が軽く舌打ちする。瀬人は少し怯えた。瀬人の長い脚からパンツを引き抜くと、獏良は漸く瀬人の腕から手を離した。白い肌に真っ赤に指の跡が残っていた。肩の歯型も赤かったが、凹凸の方が眼を引いた。獏良がにやりと笑う。
「こいつはもういらねぇな」
「あ…!」
 獏良は窓を開けると、脱がせた瀬人の服を外へ放ってしまった。小さく落下した音が聴こえる。
「これがあるだろう」
 再度、獏良がメイドのユニフォームを瀬人に差し出した。そうそう、と付け足して、レースをふんだんにあしらった下着を瀬人の膝に載せた。
「隠れるといいけどな」
 獏良は瀬人の股間を見て笑った。成程、下着の下のペニスは頭をもたげているようだった。瀬人は頬を染めてそっぽを向いた。耳の縁まで赤くなっている。
「ほら、腕を上げな」
 獏良に腕を取られて瀬人は左腕を上げた。獏良はブラジャの肩紐を瀬人の腕を通し、乳房の位置を合わせる。
「拗ねてんのか? …ほら、もう片っぽもだ」
 顔を逸らせたまま、瀬人は右腕を上げる。獏良は先程と同じように肩紐を瀬人の腕に通した。
「後ろ、留められるか?」
 獏良が訊くと、瀬人は子供のように頸を横にぶんぶんと振った。ずっと恥ずかしがっているようだったが、今は甘えているのかもしれない。ふふん、と笑って獏良は瀬人の背後に腕を廻し、ブラジャの紐を寄せた。瀬人は獏良の背に軽く腕を廻した。肩に顔を埋めると、髪や躰の匂いに混じって外のにおいがした。今夜もここへ来る前は外に長くいたのかも知れない。
「これの他にもあるんだからな」
 フックを止め終え、獏良は言ってから瀬人から離れた。獏良はパンティを抓んで持ち上げると、笑いを含んだ声で言った。
「どうする?」
 瀬人はちらりと獏良の方を見ると、すぐにまたそっぽを向いた。それから手を差し出す。
「はいよ」
 獏良は瀬人の掌にパンティを落とした。
「あっちを向いていろ。決して見るなよ」
 瀬人は努めて厳しい声で言ったつもりだったが、獏良は笑った。シャィなお嬢さんだねぇ、と言うと、獏良は瀬人に背を向けてベッドの端に腰かけた。
 瀬人は掌のパンティを広げ、まじまじと見つめて思った。女とはよくぞこんなに小さいものを穿くものだ。
「…まだか?」
「まだだ!」
 瀬人に託されたパンティの生地はうっとりする手触りだったが、透けたレースと見分けていくと随分と面積が小さかった。――隠れるといいけどな―― 先程の獏良の台詞が頭の中で蘇る。瀬人は思い切って躰にぴったりとフィットしている下着を脱ぐ事にした。
「まだだからな!」
「解ってるよ」
 獏良は片手を上げて応えた。瀬人はベッドの上に立ち、片足を浮かせ、下着から脚を引き抜く。
「……なあ」
「振り向くな!」
 瀬人は半分だけ下着を脱いだ姿で怒鳴った。獏良が高笑いをする。わざと声をかけたようだ。瀬人は急いで下着を脱いだ。半ば起ったペニスが揺れる。全く、人前で着替える事になるとは……。しかも、女装だぞ! よりによってメイドだぞ!! 一体奴はどこからこんなものを仕入れてくるというのだ!! 瀬人は混乱していた。一度着て見せたらすぐに脱ぐつもりだった。瀬人は小さなパンティを手に取り、広げた。やはり小さい、と感じた。片方の足を通してみる。何だかとても緊張する。男なのに、パンティに脚を通すなど……。
「……」
 実際に穿いてみると、小さいとしか言いようがなかった。主張を始めたペニスの御蔭で生地が浮き、隠しきれない。急激に恥ずかしさが込み上げて、瀬人は坐り込んでしまった。オレは何をしているのだ……!
「おい?穿けたのか」
 獏良がベッドのスプリングが軋む音と、それに続く沈黙を不審に思って訊ねた。
「……穿いた」
 瀬人は聴き取れるか聴き取れないか曖昧なヴォリュームの声で答えた。獏良が振り向く。
「…おいおい、そんな風に坐っちまったら見えねぇだろうが」
 獏良が溜息混じりに言った。瀬人は、ベッドに尻をついたかと思えば、脚をぴっちりと畳んで膝を抱えていたのである。擬音で表せば、「きゅっ」である。瀬人はくっついた膝小僧の上に顎を載せていた。
「…まだ、あるのだろう。……寄越せ」
 瀬人は、膝はぴったりと合わせたまま、手を差し出した。先程からむずむずして気にかかる股間を、服を着て早々に隠してしまおうという魂胆だった。獏良が笑って瀬人にメイドのユニフォームを投げた。
「あっちを向いていろ」
「はいはい、お嬢様」
 獏良は手をひらひらと振って先程と同じ方を向いた。股間が気になってしまって、落ち着かない。瀬人はワンピースを手に取り、背中のファスナを引き下ろした。どうも、このワンピースは大きいようだった。獏良がオーダ・メードしたのだろうか。パンティと同じように、片方ずつ脚を通してワンピースを引き上げ、腕を通す。やはり瀬人の躰に合うサイズのようだ。背中のファスナを上げ始めて、これだけでは一番上まで上げられない事に気づいた。混乱していて頭が廻らなかったようだ。悔しい。肩の上から腕を廻し、ファスナを完璧に閉じる。続いてフリルの着いたエプロンを腰に巻きつけた。
「クッ…」
 紐を後ろで結ぶ。きゅっと小気味良い音がした。
「…獏良」
「おお、遅いぜ」
 獏良はぱっと躰ごと振り返った。下唇を噛んで坐っている瀬人を見て感激しかけたが、じろりと睨んで言った。
「…おい、ヘッド・ドレスは」
「何だそれは」
「そこに落ちてる、頭に乗っけるやつだよ。ガータはつけたんだろうな」
「…知らん」
 はぁあ、と大きく溜息を吐いて獏良が言った。これだよ、と言ってヘッド・ドレスとガータ、ストッキングを拾って瀬人の前に坐った。何故こいつは詳しいのだ、と瀬人は思った。だが、こんな事は調べればすぐに解る事だとは、気づかなかった。
「仕様のねぇ奴だな」
 そう言って獏良はヘッド・ドレスを手にとって瀬人の頭に廻した。リボンの位置を確認すると、きゅっと手際よく縛る。獏良の指は触れるし、耳許で音がするので瀬人はまた恥ずかしくなってきた。にやり、と獏良の唇が歪む。
「脚。離せよ」
 促されて瀬人は脚をぴったりと纏めていた腕を解き、慎重に脚を伸ばした。股間が見えてしまわないように。自分で見ている分にも恥ずかしいものを他人に見られたくはなかった。薄い靴下を脱がし、ガータを足に通して太腿に引き上げる。スカートがまくれ上がってしまわないように、瀬人は生地を手で抑えた。
「フフ」
 笑われて瀬人は下唇を噛んだ。もう片方の脚にも通すと、獏良はストッキングの脚を入れる部分を輪にして足の先が入る部分まで纏めていった。瀬人の方にストッキングのシームの位置を合わせる。
「足浮かせ」
 最低限に足を浮かせて瀬人は纏まったストッキングに指先をつっこんだ。普段穿いた事のないものの肌触りだった。獏良は足首までストッキングを伸ばすと、シームに気を使いながら太腿へ伸ばしていった。瀬人は股の間にスカートをつっこんで備える。そんな瀬人の姿を見て小さく笑って獏良が言った。
「まるで女みてぇだな」
 股間のむずむずが、強くなった気がした。獏良が指でシームの位置を確認する時、声が出そうになってしまう。瀬人は舌を口蓋に押しつけてそれに耐えた。獏良はそんな瀬人の様子を目敏く認め、一度太腿に掌を這わせてやった。すると、下唇を噛んだ瀬人は、何も言わずに睨んできた。もう片方の脚にもストッキングを通してガータと繋げると、獏良は化粧品を掴む。
「後は、これだな」
「もう……いいだろう」
 股間のむずむずと獏良の手で、瀬人の頭はぼーっとしてきてしまった。上気した顔の瀬人を一呼吸分見つめると、獏良は口紅のキャップを取った。
「…ま、これは最低限な」
 瀬人の顔は少々俯いていた。細い指はスカートの端を抓んでいる。
「じっとしてろよ」
 そう言って獏良は瀬人の顎を指で上向かせ、片手で口紅を廻して上気した肌のような色を捻り出した。気持ち上を向いた瀬人は、眼を伏せて待った。リップ・ブラシを取り、穂に紅を塗りつけて瀬人の薄い唇に乗せる。擽ったくなり、瀬人はふ、と笑った。
「じっとしてろ」
 通常とは違って、獏良の眼は真剣だった。落ち着かなくなって瀬人は再び眼を伏せた。瞼がぴくぴくと震えて睫が跳ねるのが解る。顎に載せられた獏良の小指も擽ったい。紅を少しだけ唇からはみ出させると、獏良は瀬人の顎から手を離した。少し顔を離して検分する。
「…よし」
 瀬人は重さで垂れるように顔を伏せた。
「立ってみろ」
 俯いたまま瀬人は立ち上がった。膨らんだワンピースのスカートが瀬人の膝に当たって揺れる。
「……ぴったりだな」
 獏良が瀬人の眼を窺うと、瀬人の瞼の縁は真っ赤になっていた。獏良は掌を瀬人の脚に這わせ、脹脛から太腿へと辿っていった。瀬人の躰が揺れる。
「…もう、いいか。気が済んだろう」
 ぼそぼそと瀬人は話した。獏良は咽喉の奥で笑うと、立ち上がって瀬人を抱きしめた。すん、と息を吸う音が聴こえる。獏良は瀬人の首筋から耳へ唇を辿らせ、耳を舐めてから言った。
「可愛いぜ。このまま縛るのもいいが…」
 獏良は瀬人の肩に手を置いて続けた。
「まあ、坐りなよ。お嬢さん」
 促されて瀬人は再びベッドに坐った。脚を立てた恰好になってしまっているので、パンティが見えてしまわないか、少し気になる。瀬人の首筋に口づけたまま、獏良はスカートの裾から手を差し入れて太腿に掌を這わせた。
「もういいだろう…、獏良。いやだ……」
 うなじから指を差し入れられ、髪を梳かれる。髪を梳かれているだけだったが、躰に快感が滲み広がっていく。普段晒していない事もあるのか、肌で肌に触れられる事でじわじわと躰が痺れてくる。
「ん…、ぁふ」
「どうした…」
「…あ。か、か…らだ、が……」
 獏良は首筋に触れていた唇を耳へ移動させると、穴に舌を滑らせた。
「んー…、は」
 瀬人は背を反らせた。獏良の吐息と唾液が立てる音が肌を粟立たせる。獏良は太腿を撫でていた手をパンティへと伸ばした。
「…濡れてるぜ」
 ふ、と瀬人が短く息を吐いた。指先に力が籠もる。獏良はパンティの薄い生地の上から盛り上がったペニスをいじりながら笑った。
「あれ…何だろうな。女にゃこんなものは付いてねぇんじゃねぇのか?」
 親指で括れの辺りを擦る。
「はぁ。…オ、オレは…、おんな、では…ない」
 瀬人は顔を背けて言った。先程から腰が痺れている。断続的に緊張する筋肉から力を抜こうとしても、腰が痺れてしまって叶わない。躰が勝手に快楽に従う。躰に引き摺られるように意識が朦朧としていく。
 獏良はパンティを引き下げると、屹立した瀬人のペニスを取り出した。先端の窄まりから零れ出る体液がスカートを濡らす。獏良は手にしたペニスをつかんで上下に扱き始めた。
「あッ、は、ぅく」
 瀬人は開いてしまった口を閉じて奥歯を噛み締めて声が出てしまうのを堪えた。
「噛むと疲れると言っただろうが」
 人差し指を折り曲げて窄まりを引っ掻いた。
――ああッ!」
 瀬人は背を逸らし眼を見開いて吐精した。弛緩した瞼がゆっくりと中程まで下り、びくびくと断続的に瀬人の躰が痙攣している。瀬人の吐き出した白い精が獏良の指先を汚した。獏良はそれをぺろりと舌で掬って舐めた。崩れ落ちそうな瀬人を支えていた手をずらし、背のファスナを下ろす。その感覚に瀬人の躰が震える。
「ん…」
 獏良は両手を使ってワンピースを肩から引き降ろし腹に束ねると、瀬人の躰を反転させて膝を突かせた。膨らみのないブラジャを見て、瀬人は躰の圧迫感と羞恥心を思い出した。精液に濡れたスカートが膝に貼り付いている。背後に膝立ちした獏良は、瀬人の肩口に手をやって頭を下げさせた。膝に貼り付いたスカートが半分程剥がれる感触に、膝が震えた。
「脚、開けよ」
 獏良が膝の内側を撫でてくる。空いた方の手で捲り上げられたスカートから露になった肛門をひやりとした空気が掠めた。肛門の括約筋が収縮する。瀬人のペニスがぴくりと震える。背筋を何かがすり抜けていった。尻の肉を開くようにして掴むと、獏良はゆっくりと腰を進めた。
「ん…あ、あああ、は」
 獏良の猛って先走りを滴らせたペニスがぐいぐいと押し込まれる。瀬人の体は硬直した。臍の奥の方で、鋭い刺激を感じた。
「ば、くら。…抜いて」
「…あ?何言ってんだ」
 獏良は一度ペニスを強く押し込んだ。瀬人の肛門がきゅうと締まる。
「あっ」
 引き締まった内壁が、少しずつ緩んでいく。瀬人は気持ちを落ち着けるようにゆっくり呼吸を繰り返した。ふうん、と背後で小さく聴こえた。
「抜いて…」
 獏良は腰を引いていくと、ゆっくり前後に動かし始めた。瀬人の背が反り、湿ってきた内壁が締まる。
「うう…、駄目だ。…っは、抜いて」
 獏良は前に逃げようとする涙声の瀬人の首を撫でた。手を滑らせてブラジャの上から乳首を抓むと、瀬人はくぐもった声を出して内壁を引き締めた。獏良は抜き差しのスピードを速める。
「んんっ。は…、いやだ」
 瞼の縁に涙が溜まり、鼻腔が湿ってきて瀬人は息を吸った。獏良は脇腹を掴んでいた手を尻の程近くまで下げ、腰を打ちつけるような抜き差しを始めた。
「待っああああああ……!」
 しっとりとした肌同士がぶつかる音が気を逸らせる。後から獏良の荒い息が聴こえる。それに耳を背筋を乳首を犯され、臍の奥がきりきりと刺激される。
「あ、ああっ、ぃやだッ」
 どん、と無理やり奥へと進むようにペニスを押し込まれ、内壁を引き摺り出すようにペニスを引かれる。それらの感覚に周りのものが見えなくなってくる。眼を瞑ってしまっているのかも知れなかった。獏良の荒い息が耳に滑り込んでくる。
「…ぅぐ、はッ、ぬいて」
 力の籠もった指先がシーツに食い込み、爪が反ってしまいそうな程だった。獏良が一際大きく腰を打ちつけると、瀬人はついに尿を迸らせた。
「う…」
 耳許で、咽喉を震わせるくぐもった笑い声がする。獏良は瀬人の背中を撫でてやった。瀬人は子供のように洟を啜った。
「抜けと、言った……」
「フフ」
 獏良は労わるように背中を撫で続けてやった。暫くして放尿が収まると、瀬人は小さく溜息を吐いた。獏良がぬめった内壁が絡むペニスをゆっくりと引き摺り出す。
「ん…ふぅ」
 えらが粘膜を擦る感覚に粘膜が収縮した。脚の力が抜け切って、瀬人は横に倒れた。途中、流れる視界に一瞬だけ獏良が映った。尿と精液を吸ったスカートが脚に貼り付いていたが、構っていられなかった。薄まった墨のような色の天井をぼんやりと見つめる。浅くなったものの、二人の呼吸の間隔は、まだ通常と比較して短かった。ぎし、とベッドを軋ませて獏良が覆い被さる。獏良は瀬人の顔の横に手をつき、眼を見つめると、瀬人はぼんやりとした眼で、獏良を見つめ返した。獏良は折り曲げた指の背で瀬人の頬を撫でながら言った。
「お前は、お前だ。…セト」
 そこで獏良は一度言葉を切った。そして続ける。
「今までもこれからも、お前はお前以外に逸脱する事などない」
 瀬人が指を僅かに痙攣させると、指先に己の尿で湿ったシーツを感じた。獏良の顔が近づき、瀬人は夢心地でいるかのようにゆっくりと瞬きをした。仲の良い恋人がするように、獏良は瀬人の唇を吸った。瀬人はじわりと目頭に熱を感じ、瞼を閉じた。
― 了 ―