真夜中のシルヴプレ
 ――夜。闇で薄暗い部屋の中、ベッドに入ってぼんやりと思考する。見上げた天井は薄暗い闇によって滑らかで、とても自由な思考。滑らかに飛行し、飛躍する。何かに導かれるように、腕を眼上に翳す。素肌は白いのに、薄暗い闇の中では黒かった。そう、この部屋の厚いカーテンならば、部屋を真っ暗闇にする事が出来た。わざと、ほんの少しだけ、カーテンを開けているのだ。カーテンの隙間から漏れ出る月の光に腕を近付ける。今度は蒼白く見える。月の光に触れた部分が、まるで発光しているようだった。ぼんやりとした蒼白い光。陽光を反射する月による、躰に滲み込んでくる光。先端から溶け出した光が、いつの間にか躰に充満しているのだ。そして、漏れ出て行く。人間とは、本当に一つなのだろうか? どこからどこまでが、「自分」だろうか? 一つ一つの小さな細胞が集まり、機能する。その隙間から、滲んだ月の光が漏れ出て行くのだ。
 力を抜くと、掲げた腕が落ちてシーツが音を立てる。薄くて手触りの好いシーツ。指の腹が、僅かな凹凸を感じ取る。仰向けになって暫く天井を見上げていると、黒いような、白いような靄が蠢いているのが見える。それは大きく曖昧なものなのか、沢山の小さいものが集まったものなのかは解らない。この蠢く靄も、人間と同じくどこからどこまでがそれなのか、きっとはっきりしない。ゆっくりと瞬きをする。とても静かな夜だ。あまりに静かで、何か遠くから聴こえてくるような気がしてくる。こんな夜は、腹の底にぞわりと感じて、落ち着かない。中空の靄が、生き物のように、蠢く。きっと、何か、または誰かから、滲み出たものだ。それはゆっくりと何かに擬態するかのように、じわじわと形を成し、やがて獏良了に成った。

―― いつの間に。

「貴様、どうやって忍び込んだ」
 にやり、とはっきりとした靄が笑った。切れ上がった瞼、吊り上げられた唇が、妖光を発している。こいつは危険だ、瀬人の中でシャッタが下りていく。外側を構築する瀬人が、靄を睨み付ける。頭の良い瀬人が、次々と引っ張り出した記憶を素早く検分していく。確か獏良という奴は、たまに遊戯達と一緒にいた、大人しそうな奴だ。バトルシティでは遊戯には及ばなかったが中々の戦術を持っていた。特に面識はない。では、何の為にここに現れたのか。セキュリティはどうした。
「でけぇ屋敷だな」
 靄は空気を震わせて言った。何をするでもなく、ただ、見下ろしてくる。
「質問に答えろ」
 瀬人はすぐに言った。自然を装って、シーツに隠してあるピストルに右手を伸ばす。掌がシーツの滑らかな感触を伝えてくる。
「……おっと、物騒だな」
「く……」
 指先がピストルに触れた時、獏良の左足が瀬人の手首を踏みつけた。靴の踵がシーツを挟んで手首の肉に食い込む。柔らか過ぎないベッドのスプリングがギシリと音を立てる。いくらかマットレスが手首の圧迫を逃がしていても、じわじわと痛む。
「こんな月夜はぞくぞくしねぇか」
 悔しさの為に歯を食い縛り獏良を睨む。
「……月の光が世界に滲み込んでくるみてぇだ」
 獏良は少しだけ開けられたカーテンの隙間から手を差し入れ、隙間を二十センチメートル程に広げた。
「閉じた窓からも冷気が伝わってくるだろう……」
 色素の薄い獏良の横顔が、先程の瀬人の腕よりも強く発光しているように見える。眼は前髪で隠れていた。ゆっくりと振り返ると獏良は言った。
「胸が躍らねぇか」
 瀬人の躰にぞくりと鳥肌が立った。先程は隠れていた眼が露になっている。眼球の潤みが月の光を反射して悩ましい。薄い唇の端は吊り上がっている。まるで悪魔のようだ。こいつは危険だ!頭の良い瀬人が叫ぶ。心臓の鼓動が上がった気がする。踏みつけられたままの手首の痛みがじわりと腕を這い上がってくる。カーテンの隙間が広がったからだろうか、耳許に冷気を感じる。
「……オレに何の用だ」
 ふん、と短く笑うと、獏良は急に右膝を瀬人の肩の横についた。既に屈辱を感じているのに、更に至近距離から見下ろされる形になってしまった。獏良の衣服から、外のにおいがする。
「足を退けろ」
「いいベッドだな」
 獏良は踵に力を込めた。指でガウンの襟を弄ぶ。
「貴様、こんな事をしてただで済むと思うな!」
「フフ……、まだ、この状況だ。だが、今のお前に何が出来る?」
「……何だと」
 瀬人は僅かに眼を細めた。
「お前は、遊びが好きだろう?」
 獏良がガウンの襟を掴んで力強く引っ張った。瀬人の肩が持ち上がる。細い顎が上を向き、僅かな月の光を受けて輝いた。
「く……」
 左腕を上げようにも、獏良の足が邪魔になる。瀬人は獏良の上着の裾を引っ張った。獏良は空いた左手で瀬人の頸に手を這わせた。びくりと瀬人の躰が揺れる。そんな瀬人の反応が面白いようで、獏良は唇だけで笑った。そして掌で首筋をゆっくりと撫で、中指で首筋に爪を立てた。
「クッ」
 鋭い感覚の後に、じわりと感じられる痛み。僅かに出血した。
「そこの椅子に坐れ」

 獏良に言われるまま、瀬人はゆったりとした動作で、ベッドの側を向いた木製の椅子に腰掛けた。この椅子は派手な色使いや装飾こそないが、細かく彫られた細工を見ると高価なものなのだと解る。獏良はベッドに腰掛けて瀬人の様子を見ていた。そして、瀬人の指示した戸棚を物色し始めた。ふうん、と頷く声が後ろから聴こえてくる。戸棚の中のものがぶつかって立てる音が、瀬人の耳にするりと入ってくる。何年も使っている椅子だったが、坐りが悪く感じられる。素肌に羽織っていたガウンから出た足が、落ち着かない。
 獏良は縄を手にして遠慮なく戸棚を閉めた。瀬人は扉の磁石が立てた音にどきりとして獏良を振り返った。

―― ああ、一体何故、こんな事になっているのだ。

 瀬人はちらりとカーテンの隙間から漏れ出る月の光を見た。

 椅子のあまり高くない背凭れに廻した腕を束ねられ、縄で躰と背凭れを密着させながら縛られていく。縄の軋む音が、足下から何かが這い上がってくるような感覚を生み出す。肌蹴られたガウンから露になった皮膚に、縄と背凭れが食い込む。普段は向ける事のない方向に縛られ圧迫された腕が痛み、耳許に向けられた吐息によって躰を上に向かって鳥肌が立った。背後で、迷いなく縄を結ぶ音が聴こえた。
「さて……」
 椅子の背に縛り付けられて、一体、これから、自分はどうなってしまうのだろうか?瀬人は俯いて背後の獏良を窺った。
 獏良は、俯いた事で露になった瀬人のうなじを見つめた。月の光を受けて蒼白く光っているうなじに、色素の薄い細い髪がかかっている。右側には、先程自分が付けた爪痕がうっすらと窺える。獏良は指で爪痕に触れた。出血した痕跡に、爪先で触れる。
「痛かったか?」
 いっそ優しささえ感じ取れるような声で、獏良は訊ねた。躰の奥がじわりと疼く。瀬人は返事の代わりに押し殺した溜息を吐いた。指を首筋から肩口へ滑らせていく。獏良がふ、と耳に息を吹きかけると、瀬人は身震いをした。掌を使って肩を撫でる。
「綺麗な肌だな」
 獏良が耳許で言った。吐息が首筋から伝ってくる。ふふ、と悪魔が笑う。甘美な痺れが躰を走る。悪魔は弄び甲斐のある玩具を、思うままにするだけだ。獏良は首筋に唇を付け、啄ばんだ。
「う……は、」
 唇を開き、唾液でぬめる舌で皮膚を味わう。自らの爪の痕からは、甘いような苦いような血液の味が滲んできた。瀬人の肌は極めて滑らかだった。撫でるのも舐めるのも申し分ない。暫くして獏良は、尖った犬歯を押し当て、首筋に噛み付いた。
「ぁくッ――
 一際強い痺れが瀬人の全身を襲った。獏良は噛み付いたまま、圧迫され血液を滲み出す爪痕に舌を這わせる。
「ああ……」
 瀬人は搾り出すように溜息を吐いた。まるで吸血鬼に吸血されているようだ。ちゅっ、と首筋を吸う音が聴こえる。唾液にまみれた舌の感触が、官能的な痺れを全身に伝播させている。じゅる、と音を立てて獏良は口を離した。瀬人の前に廻ると、にやりと笑って瀬人の耳に指を這わせた。
「……」
 耳の縁を撫でていた指が顎を伝い、咽喉の上を親指で擽る。そして、ゆっくりと下へ指先を滑らせていく。全身の痺れで涙が滲み出る。血液が駆け巡り、躰が火照る。密かに悪魔を窺えば、口許に薄ら笑いを浮かべている。

―― ああ、愉しんでいる。

 縄の隙間の胸の突起を擽ると、瀬人の躰が震えた。次に爪先で引っ掻いてやると、今度は息を詰まらせた。健気な事に、声が出てしまわないように努力しているらしい。獏良はすっと手を引いた。俯いたままだった瀬人が、ゆっくりとした動作で獏良の顔を窺った。
 悪魔がにやりと唇の端を釣り上げて言った。
「あんたの、でかいな。……というより、長いのかねぇ」
 羞恥で、一瞬で足から頭まで熱が這い上がった。瞼の縁が熱い。涙腺が刺激され、涙が滲み、眼球が潤む。
「いいぜ…」
 獏良は、ペニスを掴み、裏筋を指先で根元から先端に向けて慎重に撫で始めた。
「…はぁ」
 人差し指で半円を作り、あくまで強すぎる刺激を与えないように先程のルートを往復してやった。小さく開かれた瀬人の口からは押し殺した溜息が聴こえてくる。何度か往復して笠の下で指を止めペニスを上向けさせると、親指の腹で頂点の窄まりを円を描くように擦ってやる。
 ハッ、と短い息が零れた。
「気持ちいいか?」
 躰が小刻みに揺れ、腕が背凭れに拘束されている為に椅子が軋んだ。窄まりから、先程から滲み出ていた透明なカウパー氏腺液が溢れてくる。悪魔はそれを拭い取ると、自らの口へ運び、舌で舐め取った。
「フフ」
 悪魔が愛玩動物でも愛でるかのように笑う。瀬人は自らを弄ぶ悪魔を潤んだ眼で見つめた。
「もっと気持ち良くして欲しいか」
 唇の端を吊り上げて笑い、悪魔が提言した。
 起ち上がったペニスを指でちょんと弾き、獏良は下腹を指の腹で円を描くように撫で始めた。
「……寝る前には用を足しといた方がいいぜ。餓鬼の頃親に言われなかったか?」
 悪魔は腹の張り具合を確認し、満足げに眼を細めて言った。